東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1561号・昭50年(ワ)1648号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
二甲事件について
原告が烏山北住宅に居住していること、昭和四七年二月二七日松本と家賃納入のことで口論がおき、警察官がかけつけ、原告が成城警察署に出頭したこと、告訴が受理されなかつたことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められる。
原告は義理の子小野信一名義の烏山北住宅の部屋に同居していたところ、不正入居だとする松本が、黙認する代りに暗に金品を要求したのに対し原告が応じなかつたことから対立状態にあつたが、当日も家賃の件で口論するうち、酒に酔つていた松本が大声でどなり、簿冊を投げるなどして、パトカーが来る騒ぎとなつた。原告と松本は別々に成城警察署に出頭し、原告は「松本から暴行を受けてけがをした」と供述して傷害で告訴する意思を明らかにし、松本は暴行を否定して「原告が簿冊を持ち出した」と供述した。成城警察署では、被告天内弘政、同塚田正らが応対したが、当日は事情を聴取し、原告に診断書の提出をうながし、また松本の右供述を伝えた。その後成城警察署では松本を傷害被疑者として立件し、原告を含む関係者を取調べ、原告提出の診断書と共に捜査書類を作成して東京地方検察庁検察官に送致した。検察官は原告と松本を呼出して示談を勧めたが、原告が応じないでまとまらず、結局右被疑事件は起訴猶予で終了した。<証拠>に、被告塚田正が「塚本」と名のつたとの記載があるが、原告の聞き違いと推認される。
右事実によれば、診断書が提出されたこと、検察官が示談を勧めたこと、事件処理が証拠不十分などによる不起訴ではなく起訴猶予であつたことから、松本が原告に暴行を加え、傷害を負わせたことは確かであり、<証拠判断略>。
ところで、警察官の行なう捜査は、被害者のために加害者に何らかの制裁を加えることを目的とするのではなく、犯罪者を検挙し、犯罪事実を立証する証拠を集めて、検察官に送致することによつて社会の秩序維持をはかるのであるから、警察としての判断によつて捜査を進めるべきで、被害者の望むとおりにしなければならないわけではない。本件においては、右のとおり最終的に松本の嫌疑を明らかにする証拠を集めて検察官に送致したのであるから、捜査を怠つたり、手落ちがあつたとはいえない。捜査の過程で被害者が不満足に感じる点があつたとしても、右の観点から、直ちに被害者に対する関係で違法であるとはいえない。なお、松本の供述内容を原告に伝えただけでは原告を窃盗被疑者として扱つたことにはならない。
告訴の意思を明らかにした者に対して、親告罪ではなくても、告訴として受理しなかつたことは刑事訴訟法二四一条に違反する。しかし右規定は告訴者と警察官との間の私法上の権利義務を定めたものではないから、これに違反しても、告訴者に対する関係で直ちに違法になるわけではない。ただし、刑事訴訟法二六一条によれば、不起訴(起訴猶予を含む。)の場合には、検察官は告訴者に通知することになつているから、告訴を受理しないで捜査した場合に、不起訴の決定を知らされないので、被害者が起訴を強く望んだ場合は検察審査会に申立をする機会を失なう可能性はある。しかし原告が甲事件につき訴を提起したのは昭和五〇年二月二六日であることは記録上明らかであり、松本に対する傷害被疑事件の公訴時効は昭和四七年二月二八日から七年間で、訴提起の時点では完成していないことになるから、右申立は法律上可能であつたというべきであるし、前記のとおり刑事手続は被疑者の被害回復を目的とするものではないから、他に特段の事情の認められない本件では、告訴を受理しなかつたことにより原告に対して違法であるとはいえない。従つて、甲事件についての原告の主張はその余の点について判断するまでもなく失当である。
三乙事件について
昭和四七年二月二九日被告諏訪茂が電話で原告と通話し、原告に対し管理事務所に来るように求め、原告がこれを拒絶したことは当事者間に争いがない。<以下に、被告諏訪茂が通話中に逮捕云々の言辞を加えた否かにつき、詳細な事実認定がされているが省略>
四警察官が職務執行中に法定の手続の下に行なわれる場合以外に対して「逮捕する」と告げることは仮に逮捕する意思がなかつたとしても、明らかに冗談とわかるなど特別の事情がない限り違法であり、相手に対し不法行為を構成する。電話での告知であつても、近くにいることが明らかであつたから、被告知者に精神的打撃を与えることは当然である。
原告が受けた精神的打撃について考えてみるに、一連の紛争につき原告にも責任がなかつたとはいえないこと、本件各証拠によつても現実に逮捕されるおそれがあつたとは認められないことなど諸般の事情を考慮し、慰謝料は一万円が相当である。
(佐藤道雄)